あのクリスマスが、今も忘れられない。
2026.10.22

大学時代、僕はイギリスに留学していました。
そこで出会い、ともに暮らしたハウスメイトたちと過ごした、ある年のクリスマス。
今でも、忘れられない一日があります。
クリスマス当日の朝。
僕たちはみんなで近くのスーパーまで歩いて行き、食材やパーティーの準備に必要なものを買い込みました。
家に帰ると、さっそく準備が始まります。
まずはビールで乾杯。
料理を作るやつ。
部屋を飾るやつ。
ゲームを考えるやつ。
それぞれが好きなことをしながら、少しずつクリスマスらしい空間ができあがっていきました。
僕が今でも鮮明に覚えているのは、キッチンの風景です。
オーブンで七面鳥をじっくり焼くやつ。
野菜がたっぷり入ったスープを、ぐつぐつと煮込みながらかき混ぜるやつ。
そして、その横からこっそりつまみ食いするやつ(笑)。
みんなが思い思いに料理を作っている。
ただ、それだけの光景でした。
でも、僕はその時間がたまらなく幸せでした。
温かい料理の香り。
仲間たちの笑い声。
これから始まるクリスマスディナーへの、ちょっとしたワクワク感。
そんな空気の中にいるだけで、なぜだか涙が出そうになるほど、幸せだったのです。
不思議ですよね。
まだ、クリスマスディナーは始まってもいないのに。
あれから何年も経ちました。
当時のハウスメイトたちは、今ではイギリス、フランス、イタリア、日本と、それぞれ違う国で暮らしています。
それでも、今もよく連絡を取り合い、お互いの国を訪ね合うほど仲の良い友人たちです。
あの日、何を話したのか。
料理をどんな順番で食べたのか。
細かなことは、もう覚えていません。
でも、あのキッチンの温かさだけは、今でもはっきりと覚えています。
僕にとって、クリスマスの一番の思い出は、クリスマスが始まる前に生まれていたのです。

あの頃の僕は、将来、家業である洋菓子のプルミエールを継ぐことなんて、考えてもいませんでした。
ただ、目の前にいる大好きな仲間たちと、毎日を楽しく過ごしていました。
でも、あのクリスマスのことを思い返すたびに、今でも不思議に思うことがあります。
どうして、あんなにも幸せだったのだろう。
特別に豪華な料理があったわけでも、何か大きな出来事があったわけでもありません。
ただ、みんなで買い物をして、料理を作って、笑い合っていた。それだけでした。
でも、きっと僕にとって大切だったのは、料理そのものではなかったのだと思います。
誰かのために料理を作ること。
誰かが作ってくれた料理を楽しみに待つこと。
そして、一つの食卓を囲むために、みんなで時間を重ねていくこと。
その何気ない時間が、いつの間にか、忘れられない幸せな記憶になっていました。

あの日の記憶は、それからもずっと僕の中に残り続けていました。
そして年月が経ち、僕はプルミエールという洋菓子店に携わるようになりました。
ブランドの在り方を考え、お菓子を通してお客様に何を届けたいのかを整理していく中で、少しずつ気づいたことがあります。
僕があのクリスマスに感じた幸せと、プルミエールがこれから大切にしていきたいことは、どこかでつながっているのではないか。
お菓子を選ぶ時間。
誰かのために準備する時間。
家族や友人と食卓を囲む時間。
僕たちが本当に大切にしたいのは、お菓子そのものだけではなく、その前後に生まれる時間なのだと思います。
そんな想いを、一つの言葉にしました。
「私の時間を魔法の瞬間に。」
特別な場所へ行かなくても。
特別なことをしなくても。
いつもの日常の中に、心が動く瞬間はきっとある。
そしてクリスマスは、そんな瞬間が生まれるきっかけに満ちた一日なのだと思います。

洋菓子のプルミエールは、1991年に創業しました。今年で36年目を迎えます。僕たちは創業以来、毎年クリスマスケーキを作り続けてきました。
たった一度、昨年の2025年を除いて。
昨年、僕たちは新たに「はじめ菓子珈琲」をオープンしました。
お店を立ち上げることは、想像していた以上に大変で、日々の営業に向き合うだけで精一杯。
本当はクリスマスケーキを作りたかった。
でも、どうしてもそこまで手が回りませんでした。
創業以来、毎年続けてきたことを、一度お休みする。
僕たちにとって、それは決して小さなことではありませんでした。
だからこそ、今年はもう一度、クリスマスケーキを作りたいと思っています。
そして今年は、はじめ菓子珈琲でも初めてクリスマスケーキをお届けします。
イギリスで過ごした、あのクリスマス。
僕が今でも覚えているのは、完成した料理よりも、仲間たちと一緒に準備をしていた時間でした。
僕たちのクリスマスケーキも、誰かのそんな時間に寄り添う存在でありたい。
そう願いながら、今年のクリスマスケーキを準備しています。
クリスマスが近づくにつれて、少しずつ高まっていくワクワク感。
当日、ケーキの箱を開けたときの、家族の笑顔。
そして何年か経ったあとに、ふと思い出す、あの日の食卓。
僕たちが作るのは、一つのクリスマスケーキかもしれません。
でも、そのケーキをきっかけに、誰かの心に残る幸せな記憶が生まれるかもしれない。
そう考えると、クリスマスケーキを作るという仕事が、僕にはとても特別なものに思えるのです。
今年のクリスマス。
僕たちも、誰かの忘れられない一日の、小さなきっかけになれたら嬉しいです。
ケーキの向こう側にある、僕たちの世界観。
今年のクリスマスケーキを考えるうえで、僕たちが大切にしたことが二つあります。
一つは、人の手の温かさが伝わること。
これは、クリスマスケーキに限った話ではありません。
職人が一つひとつ、自分たちの手で作ること。
その手仕事から生まれる温かさこそ、プルミエールがこれまでも、そしてこれからも大切にしていきたいものです。
そして、もう一つ。
それは、心地よい余白があること。
プルミエールは、フランス菓子の伝統を大切にしながら、36年間お菓子を作り続けてきました。
華やかな装飾や、細部まで手をかけた美しさ。そこには、フランス菓子ならではの魅力があり、僕たちが受け継いできた職人の技術があります。
一方で、時代の変化や、僕自身の好みの変化とともに、少しずつ惹かれるようになったものがあります。
それは、北欧のデザインにも見られるような、無駄を削ぎ落としたシンプルな美しさです。
ただ、僕たちは、すべてをシンプルにしたいわけではありません。
これまで大切にしてきた華やかさも、職人の手仕事も、これから先へ受け継いでいきたい。
そのうえで、少しだけ引き算をしてみる。
飾るところは飾り、余白を残すところは残す。
そんな心地よいバランスを、これからのプルミエールらしさにしていきたいと思っています。
それは、ケーキのデザインや写真だけの話ではありません。
お菓子を囲む時間にも、どこか心地よい余白があってほしい。
お菓子が主役になりすぎるのではなく、そこにいる人たちの会話や笑顔が、自然と主役になるように。
今年のクリスマスケーキには、そんな僕たちの想いも込めています。

あのイギリスのクリスマスから、何年も経ちました。
今でも、あの日のキッチンを思い出すことがあります。
七面鳥を焼く友人。
スープをかき混ぜる友人。
その横で、つまみ食いをする友人。
あのとき、僕が幸せだったのは、きっと、みんながそこにいたから。
今年のクリスマス。
僕たちのケーキが並ぶ食卓にも、そんな温かい時間が流れていたら嬉しいです。
そして何年か経ったとき、ケーキの味と一緒に、あの日の笑い声まで思い出してもらえたら。
そんなことを願いながら、今年もお菓子を作っています。
洋菓子のプルミエール
代表 遠山 大樹